大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)1154号 判決 1980年11月28日
控訴人 叶興産株式会社
右代表者代表取締役 松尾増蔵
右訴訟代理人弁護士 高木清
被控訴人 破産者上田嘉信破産管財人 桑嶋一
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上・法律上の主張および証拠の関係は、控訴代理人において、訴外上田嘉信は本件保証金をその利息請求権を放棄して控訴人に預託したものであるが、右利息には遅延損害金も含まれているから控訴人に遅延損害金の支払義務はない、と述べ、当審証人田中錫彦の証言を援用したほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 訴外上田嘉信が昭和五二年一一月一六日午前一〇時京都地方裁判所において破産の宣告を受け、被控訴人が右同日その破産管財人に選任されたこと、右上田が被控訴人の経営する宇治田原カントリー倶楽部の会員であったが、右倶楽部入会にあたり、会員資格保証金として金一五〇万円を控訴人に預託したこと、被控訴人が控訴人に対し、昭和五三年四月一日到達の書面をもって、上田において同倶楽部を退会する旨の通知をなし、右預託金の返還を求めたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二 《証拠省略》によれば、控訴人は上田に対し、右預託金につき預託証書を作成・交付したことが認められるところ、控訴人は、右預託証書は有価証券であるからその呈示および交付がないかぎり本件預託金の返還に応じられない旨主張するので、この点について判断する。
《証拠省略》によれば、控訴人が上田に対し作成・交付した預託証書の表面には「証、金一五〇万円也、本証は宇治田原カントリー倶楽部の規定に基づき貴殿から会員の証として上記入会保証金を御預りしたことを証明するものであります。本証は当倶楽部理事会の承認を得て自由に他人に譲渡することが出来ます。但し、この証券の裏面へ記名押印の上別に定めた書替手数料を添えてお届け下さい。」との記載があり、その裏面には、氏名(譲受人)、譲渡人印、譲受人印、登録月日、承認印の各欄が設けられていることが認められ、また、《証拠省略》によれば会則に、入会預り金は理事会の承認を得て譲渡することができる、と定められていることが認められ、右の事実に、この種の証書が裏書の方法により転々流通し、あるいは担保に供されている実情に照らせば、右証書に表示されているゴルフ会員権(預託金返還請求権のほか施設利用権、会費納入義務よりなる抱括した契約上の地位)が預託証書の裏書・交付によって転々流通することが予定され(指図証券性)、したがってまた、会員権の行使にも右証書の呈示と引換が必要とされる(呈示証券性・引換証券性)ものとして発行されたかのごとくである(権利の譲渡に証書が必要とされるのは、権利の行使に証書が必要とされるからにほかならない)。しかしながら、証書に表示されている権利が裏書によって譲渡されるためには、法律上当然に指図証券とされる手形・小切手、貨物引換証を除いて、証書上の指図文句(特定の者又はその指図人を権利者とする旨の文言)が記載されていなければならないというべきところ、右証書の記載はそのような指図文句を記載したものとは認められず、かつ前示のとおり本件証書上の権利の移転には、理事会の承認が必要である上、義務も伴っているのであるからそこには流通を妨げるものが存し、更に会員券を手形、小切手のような有価証券のように転々流通させなければならない必要性もみられないから、右のような譲渡に関する記載があることから、同証書に表示されている会員権が証書の裏書・交付によって譲渡されることが予定され、会員権の行使に証書の呈示・引換が必要とされるものと解することはできないといわなければならない。
また、右預託証書の文面および会則の記載からも明らかなように、会員権の譲渡には、倶楽部理事会の承認が必要とされているところ、右承認のない譲渡は控訴人に対抗できないと解されるから、控訴人としては承認のない証書所持人からの預託金返還請求を拒みうることは明らかで、控訴人が証書を受戻さないで本件預託金を返還したとしても、後日証書の所持人に対し二重払いを余儀なくされるおそれはなく、したがって、本件預託金の返還を受けるために預託証書を呈示しなければならず、これと引換えによってのみその返還を受けることができるとすべき必要性もないといわなければならない(《証拠省略》によれば本件預託金返還の場合預託証書の呈示又は交付と引換に返還する旨の規定がないこともこれを裏付けるというべきである。)。
よって、控訴人の主張は採用することができない。
三 控訴人が上田嘉信の破産宣告当時、同人に対し、未払会費金四万八〇〇〇円の債権を有することは当事者間に争いがないところ、控訴人において、昭和五三年一一月八日の本件口頭弁論期日に、控訴人の右債権と本訴請求債権とを対当額において相殺する旨の意思表示をしたから、本訴請求債権は右の限度で消滅したことになる。
なお、控訴人は、本件預託金は無利息の約束のもとに預託されたものであり、右利息には遅延損害金も含まれるから、控訴人に遅延損害金の支払義務はない旨主張する。《証拠省略》によれば、会則上、預託金には利息を付さない旨定められていることが認められるが、右利息に、債務不履行による損害金たる遅延損害金が含まれているとは到底解し得ないから、控訴人の右主張は採用の限りではない。
四 以上によれば、被控訴人の本訴請求は、本件預託金一五〇万円から前項の相殺によって消滅した金四万八〇〇〇円を控除した金一四五万二〇〇〇円とこれに対する昭和五三年四月二日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。
五 よって、これと同旨の原判決は相当であって本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今富滋 裁判官 坂詰幸次郎 野村利夫)